還暦を迎えた夫婦が、持ち家を子供たちに譲った話

apart01子供たちも大きくなり、家を譲り引っ越すことにしました。
自分たちはマンションへと移り新生活が始まりました。
好きな家具やインテリアに囲まれ、快適に暮らしています。
まだ十分に動ける体力はありますが、これから先はどうなるか分かりません。
そうなったときに一戸建てを維持していくのは経済的にも体力的にも大変だろうと思っての決断です。

もともと自分達の家だったものを他人に売ってしまうのは勇気が要りますが、子供に譲っただけですから、いつでも元の家に遊びに行くことができます。
赤の他人に売ってしまったらもっと寂しく感じたと思いますが、子供を通じてご近所との付き合いもありますし、子供一家とも良好な関係を築きつつ自分達の生活を快適にすることができたので満足しています。
小さくても一戸建てなので孫たちは喜んでいます。

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私達は環境を変えたことで久しぶりの二人暮らしが新鮮に感じられるようになりました。
なれた環境での暮らしも楽で良いですが、還暦を迎えて新しい環境に身をおくことができて新鮮で楽しいです。一戸建ての管理は小さくてもそれなりに必要ですが、マンションではやるべきことが限られているので余計な面倒もなく、快適です。好きな家具やインテリアに囲まれて快適に暮らせるのも嬉しいです。

思い出の品物に囲まれて暮すのも良いですが、これから先、体力が上がることは考えられないですから、たくさんの物に囲まれていると管理が大変です。
だからといってやたらと捨てられないということもありますので、引越しを機会に色々と整理することができてよかったです。

ちょっとお金はかかりましたが、自分好みのカーテンを揃え、家電も最新のものを揃えるなどしたのでスッキリしました。生活のスペースも小さくなったので掃除するのも楽ですし、電気代など毎月かかるお金についても少なくすることができました。自分達に必要ないスペースの管理までしていたのは、お金の面でも手間の面でもムダが多かったと改めて感じています。

子育て中には一戸建てのスペースが最適だったのは、孫たちを見ていれば分かりますが、夫婦のみの生活にとって最適のスペースというものはあまり参考となるものがなかったので少々不安でしたが、思い切って引越ししてよかったです。

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人間関係についてもマンションのほうが面倒なくていまの自分達にはあっています。
階段を上がったり降りたりしなくても、掃除や洗濯が終わる生活は楽です。
マンション内にはエレベーターがありますから、階段をいちいち上り下りしなくても部屋にはいけます。
足腰が弱くなっても、不安なく生活することができそうです。
いまのところは心配ないのですが、元気なうちから将来のことを考えて動いておくのは良いです。
将来への不安を小さくすることができます。

もとの家から近い場所のマンションに移りましたので、子供たちとの行き来も徒歩圏内なので、何かあったときにも安心感があります。体力的に余裕のあるうちに引越しができたので満足のいく形にすることができましたが、これがもっと年をとり、体力が落ちてからだったら大変だっただろうという気持ちもあります。
今は快適ですが、久しぶりの引越しは思っていたよりも大変でした。まだまだ体力はあると思っていましたが、引越しともなればやることもたくさんありますし、いまの段階でもそれなりに疲れました。
これがもっと年をとり、体力が落ちた後だったらと想像するだけでげんなりします。

体力があり、自分達でいろいろと決められることができたから、いま好きな家具やインテリアに囲まれ快適に暮らせているのだと思うと、還暦を迎えて子供たちに家を譲り、自分たちはマンションへと移り住むという選択は正しかったと感じています。

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家具職人の匠が本気を出した古希祝いの品物

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今年は祖父が古希を迎えるので、お祝いをしよう、ということになりました。
そこで、古希を迎える祖父へのプレゼントとして、座るときに楽になる座椅子を送ることにしました。
家具職人に頼んで特別に作ってもらうことになり、木の香りがほんのりとする座椅子を購入することができたので、祖父に渡すのがとても楽しみでした。

祖父の誕生日の日に家族全員で集まってお祝いをするために、たくさんの料理とそれぞれで贈り物を探して祖父を囲んでお祝いをしました。古希を迎えて大喜びのじいちゃんにそれぞれ準備した贈り物を渡していったのですが、本当にどれも大喜びしてくれるので、渡すこちらも嬉しくなってしまいます。

そして、いよいよ家具職人に頼んで特別に作ってもらった座椅子を作ってもらうことになったのですが、これを渡したらじいちゃんは本当に大喜びしてくれました。さっそく座ってくれて、座りやすくて疲れない、と笑顔になってくれたのがよかったです。古希を迎える祖父へのプレゼントで迷ったものは湯飲み茶碗や肌に優しいタオルやパジャマなどですが、やはり普段座っていることが多い祖父にぴったりなのは疲れない座椅子ということで決めました。

家具職人が丁寧に作っているということでお願いしたのですが、とても素晴らしいものが出来て本当によかったです。古希を迎えて大喜びのじいちゃんがさらにこれで喜んでもらえて、こちらがもっと嬉しくなりました。食事を一緒に食べて、一緒にお店に行って家族でじいちゃんを囲んで写真を撮って、楽しく時間が過ぎていきましたが、贈り物と家族全員がそろったことがじいちゃんは嬉しかったと言っていました。迷っていた贈り物の湯飲み茶碗やタオルなどはほかの家族が贈っていたので、思い切って座椅子を購入してよかったです。

古希のお祝いの贈り物として人気があるものもたくさんありますが、やはり祖父がいつもどんなものを使っているのか、何が必要なのか、そしてどんなものを喜んでくれるのかをじっくりと考えて、選ぶようにしてよかったです。座椅子は長く座ることが多いじいちゃんが座っていても疲れないようにすることを考えて選びました。座り心地がいいと言っていたので、これを選んで本当によかったと思いました。

家族全員で贈ったものをあれこれと話していたのですが、古希のお祝いだけではなく、立派な家具も取り扱っていたところでお願いしたので、今度は喜寿のお祝いのときにも何か探してお願いしてみようと思っています。家具職人の素晴らしい技術を感じることができるその座椅子はじいちゃんのお気に入りになったようです。

古希を迎える祖父へのプレゼントとしていろいろと探しましたが、大きな家具ではなく、普段使いやすいものを探していたときに座椅子をみつけることができて本当に幸運でした。家具にもいろいろなものがありますが、小さなものから大きなものまで取り扱っているところだったので、またこちらを利用させていただきたいと思えました。じいちゃんは家族全員の顔をみて、ニコニコとしていました。最近はあまり食事をたくさん食べなくなっていたという風に聞いていましたが、その日は家族につられてか、たくさん食べて、楽しんでいました。じうちゃんのために時間をかけて選んだ贈り物と、家族全員の笑顔がどんな祝いの品よりも嬉しいと言ってくれたので、家族ももっと笑顔になりました。

古希のお祝いは一生に一度だけなので、思い切り楽しんで喜んでもらいたい、という風に思っていたので、想像以上に喜んで笑顔になってもらえたのはこちらも嬉しかったです。少し迷ったけれど、この古希祝いの贈り物を選んで本当によかった、と何度も思いました。

大手家具メーカー考察:【大塚家具編】

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大塚家具は1969年創業の家具販売会社です。
創業当初は桐箪笥販売店の「大塚家具センター」でしたが、1993年(平成5年)に現在のような会員制を導入しました。

創業以前の1928年に創業者である大塚勝久氏の父大塚千代三氏が春日部で桐箪笥工房を立ち上げたのが大塚家具の原点となります。大塚千代三氏は桐箪笥職人だったそうです。そして、1953年には千代三氏の箪笥を専門に扱う合資会社「大塚箪笥店」を春日部に設立します。その16年後、勝久氏が独立し、同じ埼玉県春日部市で「株式会社大塚家具センター」を設立し、同氏は代表取締役社長に就任。当時の社員数は24名だったそうです。そして1993年に現在の形態である会員制を導入。日比谷ショールームを4月に開設したのを皮切りに、全店舗を会員制に転換し、「IDC大塚家具」となりました。その後本社を所在地である東京有明の東京ファッションタウンビルに移転します。大塚家具は自らの販売業態を「インターナショナルデザインセンター」と称して、頭文字の「IDC」を商標の一部としています。現在では、小売から法人向けまで幅広く商品を取り揃えており、ホテルや病院等の内装トータルコーディネートも手がけているそうです。

大塚家具のお家騒動

近年では、大塚家具の経営方針を巡る内部対立が話題になりました。

大塚家具は大塚勝久氏(創業者)が取り入れた「会員制」(※会員制とは、入店時に顧客名簿を作成し、店員が顧客について回るというシステム)の積極的な接客により『まとめ買い需要』を取り込むことで成長してきました。しかし、その後住宅需要が低迷したことや、ニトリ、イケア等の比較的安い家具店が台頭してきたことなどが原因で業績が低迷してしまいます。それにより、同社は執行役員制を導入し、5人の取締役を一族から専任しました(これまでの従業員出身の取締役は解任されました)。そして、創業以来の社長である大塚勝久氏が会長に退いた後任に長女である大塚久美子氏が社長に昇格しました。

久美子氏はいままでの接客方法では利用者の心理的な負担になり、より一層客足を遠のかせると考え、「入りやすく、見やすく、気軽に入れる店作り」を目指して、今までとは180度方向転換した、カジュアルな雰囲気で積極的な接客を控える手法を取り入れました。その方向転換は功を奏し、10年以上減り続けてきた来店者数を増加に転じさせ、業績改善に効果をもたらしたのです。

しかし、会長である勝久氏は「自身の築いた経営路線の否定」とこれをとらえ、業績不振を理由として久美子氏の解任を提案。そして久美子氏は無役の取締役に降格させられたのです。その後、勝久氏は社長を兼務して現場に復帰、久美子氏が展開した北欧ショッピング店舗、通販サイト等をすべて閉店・閉鎖させました。また、高額商品を全面に押した広告を大量に投入するなどして、久美子氏が行った路線をすべて否定した従前の経営手法をとりはじめます。しかし、社長交代後も業績は更に低迷を極め、店長の大量解任や多額の宣伝広告費の積み増し等が行われました。そして平成26年、業績下方修正を経て、4年ぶりの営業赤字になったことで、久美子氏の社長復帰・勝久氏の会長専任が取締役会で再度決定されました。

しかし、取締役会の翌日、勝久氏が自身を含む新たな取締役の選任を求める株主提案を提出しますが、これを取締役会は反対する決議を可決。今度は逆に久美子氏が勝久氏を「経営を混乱かつ不透明にさせ、利益を毀損するものである」として勝久氏を含まない新たな取締役を選任する提案を提出することを決定しました。これをうけて、創業者一族同氏による委任状争奪戦に発展するという上場企業としては異例の経営対立が生じました。

この騒動の結末は、3月に開催された定時株主総会にて、久美子氏の提案への賛成票が61%と過半数を占め可決されました。総会後には久美子氏の記者会見が行われ、「総会後はノーサイド。全員が心をひとつにして、信頼回復に努めていきたい」と決意を表明しました。そして、勝久氏は株主総会終結時をもって取締役を任期満了により退任したと発表されました。

大手家具メーカー考察:【山下の家具編】

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山下の家具は1946年に創業した新潟県新潟市中央区の家具・インテリアの卸・小売専門店を展開する企業です。

創業当時は山下木工所というて木工品の製作を手がけていました。同じ年に小売事業として「山下家具店」を開店します。1960年頃に入ると、新潟の古町通と長岡にショールームスタイルの家具店を相次いてオープンさせました。本店は地上9階、地下2階建ての大型店舗に改装もされました。

1980年代までは業績を順調に上げ、一時は群馬県の高崎市にも店舗を展開する程でした。しかし、バブルが崩壊した後、業績は一転して悪化します。郊外店舗は相次いで閉鎖され、高崎からも撤退しなければなりませんでした。また、数カ所に所有していた家具の自社工場も相次いで稼働を停止し、いずれも売却されました。

業績悪化の中、2005年から本格的に経営再建に着手します。長年ブランド名であった「山下の家具」をローマ字表記の「YAMASHITA」に変更したり、本店の閉鎖検討も含めた合理化策が立案されました。結局、本店を移転する計画等があったものの、建物所有者の経営破たんなどによって、移転案は白紙化されました。一方で、経営基盤の強化をすすめ、2007年にキッチン雑貨を専門に取り扱う「フロムキッチン」の一号店をイオンモール新潟南にオープンさせました。

その後、古町商店街の活性化を目的とした再開発事業が進められ、その一環として本店ビル、別館ビルが解体され、2011年に新潟古町店をオープンしました。2012年には新発田市に再進出したる、長岡店の移転、また、「GEO古町通五番町」という再開発ビルの建設が進められ、旧新潟店本館があった西堀通側に地上2階建ての店舗が完成。新潟古町店はこのビルに移転オープンしました。

現在では、阿賀野市に子会社「クラウンファニシング」が運営する自社工場もあり、家具や木工製品の製造を手がけています。

大手家具メーカー考察:【イケア編】

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イケアはスウェーデン発祥の世界最大の家具販売店です。
現在では、家具といったらイケアというほど前世界でイケアは浸透しています。低価格であることや低価格とは思えないデザインのクオリティの高さ、アフターサービスの良さなどが理由となっているようです。

イケアでは子会社として製造部門のスウェッドウッドやサービス部門を統括するイケアサービス、また、イケア・オブ・スウェーデンというデザインや商品企画を担当するいくつかの子会社を抱えています。

イケアの家具の特徴は、家具にスウェーデン語の名前がついていること。店舗はかなり広く設計されており、店内はいくつかのエリアに分かれています。イケア商品を使ったモデルルームやレストラン、ビストロ、更には託児施設まで備えられていて、ゆっくりと家具を見て回ることができます。

日本では現在8店舗が展開されています。一号店は1974年にオープンしたイケア船橋。二号店は兵庫県神戸市灘区のイケアタウン六甲。どちらの店舗でも小売だけではなく卸売も行っていました。しかし、1989年に日本から撤退してしまいます。再上陸したのは17年後の2006年。千葉県船橋市の屋内スキー場である「ららぽーとスキードームSSAWSの跡地の一部にオープンしました。その一年後には関東・関西地方に出店を続けています。今後の展開としては、愛知県長久手市、広島市東区、群馬県前橋市に出店する予定となっているようです。更には2020年までに札幌・関東・関西にそれぞれ1店舗オープンし、全体で14店舗まで拡大する計画となっているようです。

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    Island Homesは、人生の節目や大切なギフトに向けた家具を主に製造している会社です。現在、一番人気は古希祝いに贈る座椅子です。ご購入エピソードも載せていますので一読を。
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